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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和49年(ワ)116号 判決 1977年3月28日

原告 森田勇

右訴訟代理人弁護士 横山茂樹

同 熊谷悟郎

被告 労働組合佐世保労愛会

右代表者 国竹七郎

右訴訟代理人弁護士 春山九州男

同 奥川貴弥

同 上條義昭

同 抜井光三

主文

一  本件譴責処分無効確認の訴えを却下する。

二  被告は原告に対し金二万円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その各一を原、被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四九年六月一三日付で原告に対してなした譴責処分が無効であることを確認する。

2  被告は、本判決確定の日から一〇日以内に被告の発行する機関紙「労愛会」に別紙(一)記載の謝罪文を別紙(二)記載の条件で一回掲載し、直ちに被告所属組合員全員に配布しなければならない。

3  被告は、佐世保重工業株式会社構内にある、被告占用の全掲示板に、前記謝罪文を縦一メートル、横一・五メートルの大きさの模造紙に読み易く墨書し、本判決確定の日から一〇日以内に七日間掲示しなければならない。

4  被告は原告に対し金二万円を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立)

1 本件譴責処分無効確認を求める訴えを却下する。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は佐世保重工業株式会社の従業員中約六、五〇〇名をもって組織された労働組合であり、原告はその組合員である。

2  原告は被告から昭和四九年六月一三日付書面をもって、譴責の懲罰処分(以下「本件譴責処分」という。)を受けたが、その処分理由は、原告が同年二月一七日施行された長崎県知事選挙(以下「本件知事選挙」という。)において、長崎地方同盟及び民主社会党(以下「民社党」という。)が推薦する自由民主党系無所属久保勘一候補について、被告組合自体が同候補推薦の機関決定をしていたとして、同候補以外の候補である日本共産党吉田次雄を応援するため、同候補の法定推薦葉書に推薦人として個人署名し、被告組合所属組合員らに右推薦葉書を郵送配布した行為が、被告組合の団結を阻害し、統制を乱した行為に当たるから、被告組合規約(以下単に「組合規約」という。)第六章第四五条の精神に基づき譴責処分に付するというものであった。

3  しかしながら、本件譴責処分は次の理由により違法、無効である。

(一) 被告は本件知事選挙において、久保勘一候補を推薦する旨の機関決定をしておらず、右機関決定の存在を前提に労働組合の組合員に対する統制権の発動としてなされた本件譴責処分は、その前提を欠き違法、無効である。

すなわち、本件のように県知事選挙において被告組合が特定候補を推薦するが如き重要事項の決定については、事前の職場討議を経たうえ、代議員会に「付議事項」として上程され審議決定するべきことが組合規約上の要請(同二三条、八九条等参照)であると同時に、従来の手続慣行であったところ、本件の久保勘一候補推薦については、昭和四九年二月八日の被告組合定例代議員会で、先に長崎地方同盟が同候補を推薦決定したことの会務報告がなされたにとどまり、被告組合としての機関決定を行なっていない。

組合規約上、執行委員会は毎月定例代議員において会務報告の義務を負い(同二六条)、定例代議員会において承認を得る(同一〇二条)ことになっているが、右会務報告とは、単に事実の伝達にすぎず、代議員会で承認を得ても、報告事項を確認したことにとどまり、当該事項について機関決定が得られたことにはならない。

(二) 本件譴責処分は、次のとおり重大な事実誤認に基づくもので無効である。

すなわち、原告が本件の推薦葉書を投函したのは、昭和四九年二月五日頃で、同月八日開催の前記被告組合定例代議員会の前である。従って、前記会務報告に機関決定の効果ありと仮定しても、それ以前に行なわれた原告の葉書投函行為をとらえて、機関決定違反とすることは許されない。

しかるに、被告組合統制委員会は十分に調査、審議することなく、原告の推薦葉書投函日を右代議員会以後であると誤って認定したうえ、本件譴責処分を行なった。

(三) 仮に右(一)(二)の主張が認められないとしても、本件譴責処分は、憲法一四条、一九条、二一条、民法九〇条に反し無効である。

すなわち、労働組合が公職の選挙に際し、特定の政党ないし候補者を支持、推薦する機関決定をなすことは、労働組合が組合員個人の思想、信条の違いを超えて組織された大衆団体であるという労働組合の本質的性格に反し無効のものである。従って、仮に右機関決定がなされても、当該組合の組合員の過半数が特定政党ないし候補者を支援する意思を有する事実を確認したにとどまり、組合員個人の思想、信条に基づく自由な選挙活動を拘束しうるものではない。

けだし、労働組合の組合員個人の選挙活動の自由は、憲法一九条、二一条に基づく基本的人権として最大限尊重さるべきであるところ、労働組合の統制権は、憲法二八条に基づく労働者の団結権保障により、労働組合がその目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内で認められるものであるから、労働組合の本来的目的たる組合員の経済的地位の向上と直接具体的に関係のないところの、特定政党ないし特定候補者支持、推薦の機関決定に反したからといって、労働組合が統制権を行使して組合員を処分することは許されないからである。

まして本件においては、県知事選挙における特定候補の推薦という労働組合の本来的活動とは無縁な政治活動に関する機関決定であり、統制権の対象となった原告の行為は、職場外において組合員らの自宅宛に被告組合の推薦する候補以外の候補者の法定推薦葉書を郵送したにとどまり、被告組合の団結を阻害する行為に出たものではなく、組合員個人の憲法上保障された政治活動の自由の権利を行使したにすぎない。

従って、本件譴責処分は、元来、被告組合の統制権の及ばない事項についての統制権の行使であり、原告の基本的人権としての思想・信条・表現の自由を侵害することは明白であるから憲法一九条、二一条、民法九〇条に違反し無効である。

4(一)  原告は、被告から右違法、無効な譴責処分を受け、これを被告組合内で公表されたため、原告はかねてより被告組合においてすぐれた組合活動家として一般組合員から高く評価され、長期間代議員その他の役員に選出されて活動してきたにもかゝわらず、本件処分後、団結破壊者という評価を受けその名声、信用はもとより全人格的評価に大きなマイナスを受けるに至った。このように統制処分としての譴責処分は懲罰である以上、処分を受けたこと自体により被処分者たる原告に対し「組合破壊主義者」「裏切り者」としての耐え難い烙印を押すものであるが、これを公表されたことにより組合内で団結阻害者、組織紊乱者の評価を受ける立場に立たされ、重大な精神的苦痛を受け、その名誉を著るしく毀損された。

(二) また、被告の違法、無効な懲罰処分と相俟ち、または、これを前提として、被告が原告を組合破壊主義者ときめつけ、意識的かつ系統的に組合の内外でなした一連の宣伝活動は、原告の名誉、人格に対する違法な侵害である。すなわち、被告は、

(1) 昭和四九年六月二一日、「共産党の本質を見ぬこう」というタイトルの大量のビラを、会社の各入場門で、組合員六、五〇〇名他非組合員及び下請工に一斉に配布したが、そのビラの中で「森田勇君が共産党の選挙運動を働きかけた」云々とことさら原告の名前を引用することによって、原告が恰も被告労愛会に対する無法な組織攻撃を行って処分された者で、「赤旗」配布に参加した他の組合員と同様団結破壊者であると描き出している。

(2) 同年七月八日頃「労愛会は正式裁判で堂々と闘う!」という見出しのビラを前同様の方法で配布したが、右ビラの記載内容は単なる事実の報告ではなく、殊更、原告の仮処分申請が「団結と組合民主々義を守る立場」に反するものである旨記載して、原告が組合規約に基づいて司法的救済を求めた行為を団結と組合民主々義に敵対している違法行為であるときめつけ、重ね重ね、原告の名誉、人格に対し攻撃をなしている。

(3) 同年八月初頃と中旬頃、「六、五〇〇名を被告人とした統制処分裁判の報告書」と題したパンフレットを作成して組合員全員に配布したが、原告の本件提訴行為を反組合的行為、団結破壊行為ときめつけている。

すなわち、原告の本件提訴行為は、組合規約に定められた抗弁手続を経たうえでの正当な権利行使であるのに、これを殊更に全組合員に対して原告が敵対行為を行っているかの如く描き出し、原告の組合活動家としての社会的評価を著しく傷つけているもので原告の名誉、人格に対する重大な侵害である。

(4) 更に、九月一九日、被告組合機関紙労愛会に国竹会長の小論を掲載してこれを配布し、原告を組織攪乱者として印象づけようとし、原告の名誉、人格を侵害した。すなわち、右論文に「思想信条の自由は憲法で保障されていることを楯にとり……組織内に持ち込み、それを最優先にして組合の決定した事項も方針も公然と踏みにじる行動があったことは周知のとおりであります。」として暗に原告の行動を示したうえ、「これは明らかに或る意図をもって組織を攪乱しようとする意識的行動であり」「大切な団結をみだし、生活を破壊することにつながる行為であります。」と記載している。

(三) 以上述べたように、本件懲罰処分とこれに対する提訴をめぐり、被告は徹底した原告に対する「組合破壊主義者」キャンペーンを行った結果、原告の名誉は甚大な侵害を受け、原告及び家族はその生活上、村八分的なあつかいさえ受けざるを得ない立場に立たされた。

このように原告が毀損された名誉を回復するには、名誉侵害の態様に照し、請求の趣旨2、3項記載のとおり、被告発行の機関紙「労愛会」に謝罪文を掲載してこれを組合員に配布するとともに被告占用全掲示板に同様の謝罪文を掲示することが必要であり、また被った精神的苦痛に対する慰藉料は金二万円が相当である。

5  よって原告は、本件譴責処分の無効確認を求めるとともに、被告に対し民法七一〇条に基づき、右精神的苦痛に対する慰藉料として金二万円の支払い並びに民法七二三条に基づき請求の趣旨2、3項各記載の如き方法をもってその名誉回復を求めるため本訴に及んだ次第である。

6  なお、本件譴責処分無効確認の利益につき付言するが、懲罰としての譴責処分は、懲罰権の存在を確認し、将来同様の違反行為を繰返してはならない旨その将来を戒め、将来これを繰返えさない旨書面をもって陳述すべき義務、すなわち始末書の提出義務を負担せしめるものであるから、本件譴責処分については無効確認を求める具体的な法律上の利益がある。

また、懲罰処分は被処分者の名誉を侵害するものであるが、名誉回復の方法としては、その方法が適当なものである限り、同処分の違法ないし除去を宣言する趣旨で、その無効を確認することも可能と解すべきところ、原告は侵害された名誉回復の救済方法として、本件譴責処分の無効確認の判決を求めているのである。

そして現実に、原告は懲罰処分の付着した組合員という不利益な地位におかれ、組合員の権利行使上においても、組合内規に基く組合員表彰の面でも、著しい不利益を受けているし、また受けるおそれがある。

二  被告の本案前の申立の理由

1  本件譴責処分は、原告に対し何ら法的不利益を与えるものではなく、単なる過去の事実行為にすぎないというべきであるから、その無効確認の訴は、訴の利益を欠き不適法である。

すなわち、被告組合の規約上組合員に対する権利関係は、組合役員の選挙権、被選挙権、組合大会での議決権その他の権利に集約されているが、組合の統制処分としての譴責処分は、被処分者たる組合員の権利行使について一切障害にならないし、その他に譴責処分が影響をもたらす権利関係はない。

原告は始末書提出義務をも譴責処分にもとづく法的不利益と主張するが、被告組合の規約上譴責処分に始末書の提出を定めたのは本件処分後のことであり、本件処分当時は始末書提出義務の規定はなかった。

そして労働組合内部における統制処分としての戒告、譴責は、企業主が従業員に対してなす懲戒としての戒告、譴責とは異るのでその無効確認の利益については、同一に論ずることはできず、企業主が従業員に対してなす譴責処分には、昇給、昇格等の法的不利益を伴うものがあるが、労働組合のなす統制処分としての譴責処分は、かかる法的不利益を伴うものではない。

2  本件譴責処分は、自治的団体たる労働組合内部の懲罰処分であり、しかも被侵害利益を伴わないものであるから、その処分は労働組合の団体自治に委ねられるべきで、その処分の有効無効は勿論、これが名誉毀損として不法行為を構成するか否かも司法審査の対象となり得ない。

三  被告の請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただ久保候補は長崎地方同盟及び民社党推薦候補であるにとどまらず、何よりも被告組合の組織決定を経た被告組合推薦の県知事候補者である。

3  同3、4の主張はいずれも争う。

4  被告は、被告組合の機関決定に違反した原告の統制違反に対し、適法な懲罰処分手続を経て譴責処分に付したものであるから、本件譴責処分は有効であり、これが原告の名誉を侵害するものではない。

その理由の詳細は次のとおりである。

(一) 久保候補推薦についての機関決定の存在

本件知事選挙において、被告組合執行委員会は、長崎地方同盟の依頼を受け、久保候補を推薦決定することを昭和四九年二月八日開催の代議員に会務報告の形式で提案し、その承認を得た。会務報告は事実の確認にとどまらず、代議員会で承認を得た以上機関決定の効力を有し、組合員を拘束するものである。

(二) 原告の決定違反行為と本件譴責処分手続の適法性

右機関決定後、本件知事選挙運動期間中に、被告組合の組合員から組合本部に対し、原告が右機関決定に反し日本共産党公認吉田次雄候補の推薦葉書を組合員に郵送しているとの非難の書面が、原告が投函した右推薦葉書とともに寄せられた。

そこで、被告組合は、本件選挙後、被告組合会長が原告本人から事情聴取し、さらに、昭和四九年三月二七日開催の代議員会において、原告が右推薦葉書を前記機関決定後の同年二月一〇日に投函した事実を自認したので、被告組合執行委員会は、原告が被告組合において、長年執行委員を歴任し、しかも当時組合秩序維持を役職とする統制委員会副委員長の地位にあったのに、右組織決定違反行為をしたことを重視し、規約第四五条に基づき原告を統制処分に付することを統制委員会に諮問した。

統制委員会は、同年五月一七日、二二日、二九日の三回にわたり原告の統制処分について審議し、採決の結果、執行委員会の提案どおり原告を譴責処分に付することとし、右統制委員会の審議を経たうえ、同年六月一二日開催の代議員会において、本人の意見聴取を経て討論採決の結果原告を本件譴責処分に付する旨の懲罰決議を可決したので同年六月一三日その旨原告に通知した。

以上のとおり、被告の本件譴責処分には、原告が主張する事実誤認ないし処分手続上の不備はいささかも存在しない。

(三) 本件譴責処分の有効性

労働組合が公職選挙において組合内部の民主的討論を経たうえ特定候補者の推薦を決定し、選挙運動を行なうことは、組合員の経済的地位の向上を図るという労働組合の目的にかなうところである。けだし、現代社会においては、労働者の経済的地位の向上は政治と密接不可分に結びついており、労働組合としては、対使用者との交渉だけでは到底所期の目的を達することができず、その目的達成のためには政治活動、とりわけ立法、行政機関に自己の意思を反映する者を送りこむための選挙活動を展開する必要が高まっているからである。

従って、公職選挙において、労働組合内部での民主的討論を経たうえ、一旦特定候補者の推薦決定が行なわれた以上、組合員は右決定を尊重し、少なくとも右決定に違反する積極的選挙活動を差し控えるべきであり、仮に右決定に反する積極的選挙活動が行なわれた場合は、労働組合は当該組合員に対して、団結維持のため憲法二八条の団結権を根拠とする統制権を行使して統制処分をなし得るは当然である。

勿論、この場合組合員個人の政治活動の自由を全面的に制約すべきではないから、労働組合の団結維持の必要性と組合員個人の政治活動の自由の重要性とを比較衡量したうえで、統制権行使の許否を決すべきところ、本件については(一)原告が組合員に対して法定推薦葉書を出したことについての処分であり、一般的な選挙活動を制限したものではなく、まして、原告の選挙権ないし被選挙権を侵害するものではないこと(二)原告は、本件違反行為のあった時点で、被告組合の代議員でかつ統制委員会副委員長の地位にあり他の一般組合員に比し組合の統制に強く服すべき立場にあったこと(三)本件の統制処分は、組合員としての権利に何ら制約の伴わない譴責処分で、説得ないし勧告の域を出るものではないことからして、原告の政治活動の自由を不当に制限するものではない。以上からして本件譴責処分は有効である。

5  仮に本件譴責処分が誤りであるとしても、本件処分は、労働組合の統制権と組合員の政治的自由の比較衡量という難しい価値判断を伴うものであるから、被告には過失がなかった。

また、仮に被告に不法行為責任ありとしても、原告は、本件譴責処分後、組織的に同処分の不当性を訴えるパンフレット等を組合員に配布、宣伝しているから、謝罪広告の必要性を欠いている。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が訴外佐世保重工業株式会社の従業員のうち約六、五〇〇名で組織された労働組合であること、原告が被告組合に所属する組合員であること、被告が原告を昭和四九年六月一三日付で本件譴責処分に付したこと、右譴責処分の理由は、被告組合が、久保勘一候補推薦の機関決定をしたか否かはともかく、同年二月一七日施行された本件知事選挙において、長崎地方同盟及び民社党が推薦している自由民主党系無所属久保勘一候補について、被告組合自体同候補推薦の機関決定をしていたとして、原告が日本共産党吉田次雄を応援するため、同候補の法定推薦葉書に推薦人として個人署名し、被告組合所属組合員らに右推薦葉書を郵送配布した行為が、被告組合の団結を阻害し、統制を乱した行為に当たるから、組合規約第六条、第四五条の精神に基づき譴責処分に付するというものであることは当事者間に争いがない。

二  被告は本件譴責処分無効確認の訴は、単なる過去の事実行為にすぎないから訴の利益を欠く不適法なものである旨主張するので判断する。

確認訴訟の対象は、現在の権利もしくは法律関係に限られるものではなく、過去の法律関係ないし法律的事実であっても、要するに現存する法律上の具体的な紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合には、訴の利益を許容されるものと解すべきである。

本件譴責処分無効確認の訴についてこれをみるに、《証拠省略》によれば、被告組合の規約第四六条に懲罰の種類として戒告、譴責、権利の一時停止、除名の四種類を定めているが、譴責処分の具体的内容には別段の規定はない。しかして被告は、その代議員会が原告を本件譴責処分に付する旨採決したところに従い、懲罰処分通知と題する書面に前叙の処分事由を記載し、これを原告に送付して、原告を、本件譴責処分に付したが、右通知書には、「組合規約第四五条の精神に基き、譴責処分にすることを通知し、今後このようなことのないようきびしく戒め、当事者に対して勧告致します。」と付記されていることが認められるにとどまり、他には全証拠資料によっても、原告が本件譴責処分によって現在又は将来組合員としての権利行使ないしは法的地位を妨げられ、又は妨げられるおそれのあるものは認められない。

原告は、本件譴責処分によって始末書の提出義務を負わせられ、組合の表彰内規に定められた表彰を受ける権利に不利益を被り、懲罰処分の付着した組合員としてその権利行使に不利益を受けている趣旨の主張をするけれども、《証拠省略》によれば、組合規約上譴責処分に始末書の提出を定め、また、表彰内規に譴責処分を受けた者を表彰対象者から除外する旨定めたのは、いずれも本件譴責処分後のことで、原告に対しては譴責処分の内容として始末書の提出を義務づけていないこと前叙認定のとおりであるから、懲罰権の存在と始末書提出義務のないことを確認する点並びに表彰を受ける権利について、本件譴責処分の無効確認を求める具体的な法律上の利益があるとする原告の主張は、その前提を欠くというべきである。そしてその他原告が法的な不利益と主張するところのものは、原告が組合活動家として組合活動していくうえでの事実上の不利益ないし制約に過ぎないものであって、確認の利益を基礎ずける法律上の利益というには足りない。

そうだとすると、本件譴責処分は、現存する法律的な紛争を伴わない単なる過去の事実にとどまるものとして、無効確認の対象となり得ないものといわざるを得ない。

もっとも、原告は、本件譴責処分によって毀損された原告の名誉回復の方法としても、譴責処分の無効確認を求めるものであるとも主張する。なるほど、被害者の名誉が不法に侵害された場合において、民法第七二三条は、被害者の請求により、裁判所は「名誉を回復するに適当なる処分を命ずることができる」と規定しているけれども、右規定から、裁判所が名誉侵害者に対し、適当な処分を「命ずる」いわゆる謝罪広告、取消文の交付などの給付判決をなすのに代えて、無効確認の裁判をなすことを認めているものとは解し得ないので無効確認の訴の利益を基礎づけるものとはなし難い。

よって、原告の本訴請求中、本件譴責処分無効確認の訴は却下を免れない。

三  被告はまた、本件譴責処分は労働組合内部の懲罰処分で被侵害利益を伴わないのであるから、その有効無効については勿論、これが名誉毀損として不法行為を構成するか否かについても、司法審査の対象となり得ない旨主張する。

労働組合がその認められた統制力によって所属組合員に対してなした懲罰が、何ら被懲罰者に法律上の不利益を与えるものでない場合は、本来労働組合の内部規律権能に委ねられた全くの裁量行為で、司法審査の対象とはならないものであり、従って右懲罰の事実を組合内部に周知せしめる公表行為も労働組合の正当な行為と目すべき行為であり、名誉毀損の成立の余地はないと解される。しかし、労働組合が本来、統制力の及ばない事項についてなした懲罰の場合は、その懲罰が組合員の法的地位に異同を及ぼさない場合であっても、労働組合の正当な行為と目すべきものではないから、これによって被懲罰者の名誉が毀損されたか否かは法律上の争訟として司法審査の対象となると解すべきである。

従って、本件譴責処分はその適否が直接無効確認の対象とはならない本件の場合でも、名誉毀損を構成する事実として判断の対象となるから、本件譴責処分の適否について判断すべきであり、組合の統制力の及ばない事項に対する違法無効な懲罰であるか否かについての本案の判断をぬきにして、本件譴責処分とこれによる名誉毀損が当然、司法審査の対象とならないとする被告の右主張は採用の限りではない。

四  そこで本件譴責処分が、原告の名誉侵害を構成する違法無効なものであるか否かにつき判断する。

1  本件譴責処分をめぐる事実経過

《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  原告は昭和三一年に佐世保重工業株式会社に入社し、それ以来被告組合に所属する組合員で、昭和三七年頃から代議員、執行委員等を歴任し、本件譴責処分当時には代議員で統制委員会副委員長の地位にあった。

(二)  被告組合は上部団体である長崎地方同盟(以下単に「地方同盟」ともいう。)に属し、被告組合の会長が地方同盟の会長を務めるなど地方同盟の主力単位組合で、例年定期大会において、民社党を支持政党とする旨の決議をしており、昭和四九年度においても同様の組合大会決議をしていた。

(三)  昭和四九年二月一七日施行の本件選挙において、当時の現職知事久保勘一と日本共産党吉田次雄の二名が立候補したが、民社党長崎県支部連合会が昭和四八年一二月六日長崎地方同盟が昭和四九年一月一一日久保候補をそれぞれ推薦決定した。

(四)  組合規約上、被告組合は代議員会を大会に次ぐ決議機関として位置づけ、毎月一回定例会議を開催し、代議員会に付議すべき事項(議案)等必要事項は会議三日前迄に代議員に通知すると共に組合所定の掲示板に掲示しなければならないこと、執行委員会は定例代議員会において会務報告の義務を負い、代議員会の承認を得なければならないことが規定され、また、組合員の統制については、執行機関または決議機関の委託を受けて統制委員会で審議し、同審議を経て大会または代議員会の決議により会長名で懲罰を課するが、懲罰に異議のある組合員は統制委員会に申し出て、懲罰を決議した機関において抗弁でき、さらに関係官庁に提訴できることも明記されている。

(五)  被告組合執行委員会(以下、単に「執行部」ともいう。)は、昭和四九年二月八日開催の定例代議員会において、地方同盟が本件選挙に久保候補を推薦決定した旨を会務報告の一事項として報告したが、その際原告を含む出席代議員数名から、地方同盟の久保候補推薦決定について消極意見が出されたのに対して質疑応答がなされたうえで、被告組合書記長が「我々のために少しでも引きつける人をということと県政の実績を評価した」旨の答弁をしており、最終的には、議長から「異議ありませんか」の発問に対し「異議なし」の発言多数で他の会務報告事項と一括して承認された。

(六)  その後、本件選挙運動期間中に、被告組合組合員から執行部に対し、原告が前記吉田候補の法定推薦葉書を組合員に郵送しているのは組織決定違反である旨の抗議が寄せられたので、執行部としては、右推薦葉書を入手する一方、本件選挙の投票日後、原告本人から事情聴取するなど事実調査を進めたが、原告は同年三月二七日開催の緊急代議員会において、右推薦葉書を組合員に郵送した事実を認め、推薦葉書の協力依頼を受けた日について「二月の一〇日の日曜日だったと思う。これは書記長らから組合に呼ばれた後、日の確認を妻と暦をめくってやった。」旨述べた。

(七)  執行部は、代議員会における原告の発言ほかその他の事実調査の結果から、原告が前記二月八日開催の代議員会後、日本共産党吉田次雄候補の法定推薦葉書(原告が推薦人として個人署名したもの)五枚ないし一〇枚位を組合員の自宅宛それぞれ郵送したものと判断し、前記二月八日開催の代議員会で久保候補を推薦する旨の機関決定がなされているとする解釈のもとに、原告の右行為は組織決定違反であり、しかも原告の役員歴等から背信性が高いと判断し、原告を組合規約第四五条の精神に基づき譴責処分に付するを相当として、その旨統制委員会に対し審議を委託した。

(八)  そこで、統制委員会は、執行部の右委託を受け、同年五月一七日、二二日、二九日の三回にわたり原告の統制処分(譴責処分)の是非について審議した結果、多数決(五対三)で執行部原案を可決し、その旨執行部に対し答申した。

(九)  執行部は、右答申を得て、同年六月一二日開催の定例代議員会に、原告の譴責処分を議題として提案し、採決の結果、一四二名の出席代議員中、賛成九九名、反対四三名で執行部提案が可決された。

(一〇)  被告組合は、同年六月一三日付で原告に対し本件譴責処分を通知するとともに、同月一四日付の被告組合機関紙労愛会ニュースに「懲罰処分決定を本人に通知、本人より抗弁の申入れ」と標題をつけて、右処分通知の行なわれた旨の記事を掲載し、被告組合所属の組合員全員に配布した。

(一一)  原告は、同年六月二六日開催の定例代議員会において、本件譴責処分について抗弁を陳述し、処分の不当であることを訴えたが容れられず本訴訟に及んだ。

以上の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

2  労働組合の特定候補者推薦決定と統制権の行使

労働組合は、団結権、争議権を背景にして、使用者と対等の立場に立ち、団体交渉を通じて組合員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を主たる目的とする団体で、右目的実現のために必要な限度でいわゆる政治活動を行なうことも法の許容するところと解されるから、労働組合が公職の選挙において組合員多数の政治的思想や信条に合致する特定の候補者の推薦を機関決定し、右候補者支援の選挙活動を行い、これを当選させることにより政治の場において労働者の意見を反映させ組合員の生活利益の向上を図ろうとすることは、労働組合の政治活動の一環として当然のことというべきである。しかしながら労働組合は、政党や宗教団体とは性格を異にし、もろもろの政治的宗教的思想信条のものがその構成員となってその経済的地位の向上を目的として団結した大衆団体であるところにその本質があるから、労働組合がその本来の目的を貫徹すべき争議行動に訴えているような場合ならともかく、公職選挙における特定候補者の推薦という機関決定ないし会務報告の形式で、組合員が個人として憲法上保障された思想、信条の自由ひいては政治活動の自由、本件で云えば公職の選挙において何人を支持し応援するかの自由を拘束しうると解すべきではない。

従って、公職選挙において労働組合が特定候補者を推薦する旨機関決定したとしても、右決定は、労働組合が対外、対内的に当該候補者を支持、応援する旨を意思表明することにより組合員多数の意思を表明し所属組合員をして選挙権の効果的行使を期せしめ、以て政治的効果を発揮させんとする事実上の効果を有するにとどまるものであり、組合員に対し、自発的協力を求める意味において説得、勧告をなす以上に、統制権に基づき当該候補者の支持応援を強制することは許されないものと解すべきである。

この理は、組合役員が、その地位、組織を利用し、策略を弄するなどして、特定候補者推薦の機関決定に敵対するが如き選挙活動をなした場合ならともかく、代議員で、統制委員会副委員長であった原告が単に個人的な立場で、組織内部の者に対し、共産党候補の法定推薦葉書を郵送した場合も、同断である。被告は、また、本件譴責処分は説得勧告の域をでないものであるから有効と主張する。なるほど、本件譴責処分が原告に法律的な不利益を与えるものではなく、今後このようなことのないようきびしく戒め原告に勧告するというのが本件譴責処分の具体的内容であること叙上認定のとおりであるが、いやしくも懲罰という形式での統制権の行使である以上、その懲罰の具体的内容が勧告的な文言のものであっても、自発的協力を求める意味での勧告というを得ないものである。

そうだとすると、被告組合が本件知事選挙における推薦候補者として久保候補を会務報告の形式で報告し承認を受けたことが、議案の形式で付議決議された場合と同様の効力を有するか否かはともかく、そのいずれにしても、原告に対し久保候補以外の共産党吉田次雄候補の法定推薦葉書に個人署名をしたうえ組合員の自宅あて郵送した行為をとらえて統制権に基づき本件譴責処分に付したことは、統制権の対象となり得ない行為に対して行なわれた統制処分として違法、無効であるといわなければならない。

3  更に原告は、本件知事選挙における久保候補推薦について、被告組合の機関決定は存在せず、仮に存在しても、原告が前記推薦葉書を投函したのは右機関決定の前であったから、このいずれの点においても、被告組合は原告に対して統制力を及ぼし得ない場合であり、本件譴責処分の無効を来すものであるとも主張する。

労働組合はその存立目的からして、自主自律性を本義とする団体であるから、組合が事柄の軽重に応じ、いかなる形式で組合の意思を決定して執行するかということ、またこれに違反した者に対する懲罰もどのような手続で違反事実を確定したうえ、懲罰の種類を定めるかは、組合が自主的に定めた規約や慣行にのっとって行うべきものであって、これを司法審査の対象とする場合においても、統制処分の種類、内容と対比し、著しい不当でもない限り、組合のとった自主裁量的な行為を尊重すべきものと解される。このような観点から原告が右に主張するところをみるに、前叙のとおり被告組合は、昭和四九年二月八日の代議員会において、先に地方同盟が本件選挙に久保候補を推薦決定したことを会務報告事項として報告し、代議員会の承認を得ているが、組合規約上、会務報告は議案に比し組合員への事前周知や代議員での採決方法に差があることは否めないものの、決議機関たる代議員会において代議員の承認を必要としていることから機関決定の一態様といえなくはないうえ、久保候補の推薦については、地方同盟の決定事項の承認の形式ではあるが、被告組合は地方同盟の主力単位組合であることや、当日の代議員会での質議応答からみて、地方同盟の決定事項を被告組合として同様に決定する旨の承認を求めた趣旨に理解できなくはない。そして《証拠省略》によれば、当日の代議員会においては、地方同盟の決定事項の会務報告として、久保候補推薦決定の他に、海員組合長崎支部所属の山田水産労働組合に対するストライキ支援カンパの決定について報告がなされ、会務報告の一括承認に基づき、被告組合の組合員から右カンパの徴収が行なわれていることに徴すれば、前記会務報告の承認により、久保候補推薦について被告組合の機関決定がなされたと認めることはあながち不当とは云えない。

次に、原告の前記推薦葉書の投函日については、前記三の1の(六)に認定したところに徴し原告が同年二月八日の代議員会後、前記推薦葉書を投函したとの被告組合の認定判断に誤りは認め難い。この点について原告は「昭和四九年三月二七日の代議員会の席上で、同年二月一〇日に前記推薦葉書郵送の依頼を受けた」旨の原告自身の発言は、同年二月八日の代議員会を二月一三日と誤解したことによる旨供述するが、《証拠省略》と対比し、にわかに措信できるものではないから、原告の右主張はいずれも採用の限りではない。

そうすると、原告は被告組合が本件知事選挙において久保候補を推薦する機関決定をした後、久保候補以外の候補者である日本共産党吉田次雄候補の法定推薦葉書を組合員の自宅あて郵送したことになるから、被告が原告の右所為をとらえて、譴責処分に付したことは、専ら、統制処分の対象とならない事項について懲罰を加えた点においてのみ違法無効のものであるというべきである。

五  そこで被告が原告に対してなした本件譴責処分とその公表及びこれを前提とする一連の論評記事の流布が原告の名誉を侵害したか否かにつき判断する。

思想、信条を異にした派閥が対立抗争する労働組合内部における組合活動家としての評価は、思想、信条、支持政党のいかんにより左右されるところが大きいであろうから、組合活動家が組合推薦の特定候補者以外の他政党所属候補者支援の選挙活動をなしたことの故を以て、組合の団結を阻害し、統制を乱したとして譴責処分を受けたとしても、思想、信条のいかんを超えて、その人の品格を疑わしめる破廉恥的な所為を処分事由とする場合とは自ら異なり、直ちに譴責処分を受けた者の名誉が常に侵害されるかはかなり微妙な事柄に属することは否めないであろう。

現に、《証拠省略》によると、原告は本件譴責処分を受けた後被告組合の副会長に立候補し、昭和四九年八月六日の選挙で落選したとはいえ、現職の高野健一候補の得票数三、六〇〇票に対し、二、一〇〇余票を獲得していることが認められ、右時点で原告が被告組合内部での組合活動家としての評価を完全に失墜して了っているものではないことが窺える。

しかし、一般に労働組合内部において統制処分としての譴責処分を受け、その所属する集団の統制を乱し、団結阻害者としての烙印を押されることは、将来にわたってその人の評価に対するわざわいとなり、組合活動家としての活動を封じられるおそれがあることは否み難い。

しかして、原告は、昭和三七年頃から被告組合の代議員、執行委員等を歴任し、本件譴責処分当時には代議員、統制委員会の副委員長の地位にあったことは前叙認定のとおりで、原告が被告組合内部において名のとおった組合活動家であったことは容易に推知しうるところ、かゝる組合活動家が被告組合の団結を阻害し、統制を乱したとして、いわれのない譴責処分に付せられ、これを被告組合の機関紙を通じて組織内部に公表されただけでなく、原告が後記認定のとおり、本件譴責処分の効力を争い、地位保全、政治活動自由妨害禁止仮処分の申請をなしたうえ、本訴を提起したのに対し、被告は、更にその機関誌その他のビラパンフレットに、原告が被告組合所属組合員全員を被告とした敵対行為者で組織攪乱者であるかの如く印象ずける一連の不当な論評を記載し、組織内外に宣伝し、被告組合員及びその家族らが、原告やその家族と交友し接触することを嫌忌するような雰囲気を作りあげたことは、単に原告自身の名誉感情を傷つけるにとどまらず、原告の組合内外における組合活動家としての評価を低下させるもので原告の名誉を侵害するものというべきである。

すなわち、《証拠省略》によると、原告は本件譴責処分を受けた後の昭和四九年六月二七日、当裁判所に対し、被告を被申請人として本件譴責処分の無効を仮りに定めることのほか、原告の正当な政治活動を懲罰処分その他の方法でもって妨害してはならないこと等を趣旨とする仮処分を申請し、同年七月六日、本訴を提起する一方、右仮処分申請のうち、本件譴責処分の無効を仮りに定める申請部分を取り下げたが、残余の仮処分申請は同年八月一日却下されたので、本件譴責処分の効力についての争いは本件訴訟において引続き争われることになった。しかるところ、被告は、その前後に亘って、機関誌、パンフレット、ビラ等を発行し、被告組合組織内部だけにとどまらず、組織統制とは関係のない非組合員及び下請工員らに対してもこれらを配布したが、そのうち、

(イ)  昭和四九年六月二一日配布の「共産党の本質を見ぬこう」と題するビラは、共産党に対する論評とともに、井上靖男、森宗哲也、上野良治、長野紀生らが共産党の機関誌を配布したことに関し、組合員の中に共産党員がいたことが怒りとなって職場の中にうづまいていることを記述したうえで、「しかも、その前日労愛会の代議員会は『森田勇君』の共産党の選挙運動を組合員に働きかけたとして夜の十時近くまで激論し、処分が決定した翌朝のことである。」「共産党のこの「赤旗」はあきらかに参議員地方区の候補者名がのっており、労愛会の機関決定に対する攻撃である。」「共産党のいたずらなるビラ配布は、組合の団結を乱し組織分裂を行なおうとする共産党の組合介入であり、当人達は組合員に対する裏切り行為である。」と論評し原告も右ビラ配布をなした右四名と同様、組合員に対する裏切り行為者の一人であるかの如き印象をあたえる記事を記載し

(ロ)  同じく同年七月八日配布の「労愛会は正式裁判で堂々と闘う」と題するビラには、原告の前記仮処分申請の申請の趣旨とその疎明資料等を記載したうえ、「森田君の申請は仮処分の決定的裏付けうすく統制処分無効の訴え、一部を取り下げた」との見出しをつけ、「仮処分申請書は、組合の団結と組合民主主義を守る立場からの極めて正当な理論の前に、七月六日遂に申請書の一部を取下げざるを得ないことになりました。」と論評を加え

(ハ)  次いで同年八月頃、組合員に配布した「六、五〇〇名を被告人とした統制処分裁判の報告書」と表題をつけたパンフレットには、主として本件譴責処分に関し、統制委員会答申書、仮処分申請書、答弁書、その他の書面、訴状などを収録したが、その冒頭の「なぜ裁判問題に発展したのか」と題した箇所には、「裁判問題に持ち込まれたことは組合民主主義を否定する考えかたであり組合を無視する考えかたであります。」「組合決定事項を裁判に持ち込むことは組合破壊主義につながるものであります。」と論評を加え、

(ニ)  また、同年九月一九日発行の機関紙「労愛会」には「組合民主主義を守り生活防衛に立ち上ろう。」と題する国竹会長の小論を掲載したが、その中に、「最近どこの組合でもあっていることですが、思想、信条の自由は憲法で保障されていることを楯にとり、何時、何処でも個人の自由だと称して組織内に持ち込み、それを最優先にして組合の決定した事項も方針も公然と踏みにじる行動があったことは周知の通りであります。これは明らかに或る意図をもって組織を攪乱しようとする意識的行動であります。これでは労働組合の本来の任務である「大切な団結をみだし、生活を破壊する」ことにつながる行為であります。」と、暗に原告らの行動を指して論評し、かかる被告の宣伝活動によって被告組合員及びその家族が、原告やその家族と交友し接触するのを嫌忌する雰囲気を作りあげたことが認められる。

しかして、右の論評記事は、これを個々別々に観察するときは、未だ言論の自由を逸脱しているとはなし難く、原告の名誉を侵害したものと断ずることはできないけれども、もとはと云えば、被告が原告に対してなした前記違法無効な譴責処分について、原告が被告組合規約においてもこれを認めている本訴提起などをとらえ、原告が被告組合並びに組合員全員に対する敵対的行動者で、かつ組織破壊者、組織攪乱者であるかの如く論評し、原告をそのように印象づけようと計ったもので、本件譴責処分と相俟ち、一連の宣伝活動としてみるとき、原告の組織内外での活動を封じようとする意図のもとになされた不当な論評で、本件譴責処分と一体となって原告の名誉を侵害するものというべきである。

もっとも、《証拠省略》によると、原告も昭和四九年七月「組合の民主々義と個人の基本的人権を守るために」と題するビラに本訴を提起するに至った経緯を述べ、本件譴責処分が無効であることなど自己の立場を弁明し、被告組合執行部が自己に対してとっている宣伝に反論を加え、また昭和五〇年九月「裁判斗争一ヶ年を迎えて」と題するビラには、裁判の経過報告を記述した中で「執行部の主張が、事実確認のない全くのデッチあげである事がはっきりしました」とし、「原告側証人の堂々たる証言に対し組合側は一一名の証人を立てゝ反論すると自ら豪語していたにもかゝわらず、一名の証人すら準備出来ておらず……組合側の公判引き延しなどが目立ちました。」と評価を加え、昭和五一年七月七日発行の「自由と民主主義の灯は消えず」と題した森田裁判闘争記録の一頁に「『統制処分撤回と裁判斗争勝利』をめざして」と題する小論を掲載し、その中で「組合幹部の『労使ぐるみ』のさまざまの卑劣な攻撃、オドシ」「組合幹部の独善的運営」「労働組合の歴史的使命に背いて企業と協力して保守反動勢力に組し、労働者の階級的団結を阻害し、政治革新への道を妨害する役割を果した。」云々と原告の思想信条から被告組合幹部に対して手きびしい論評を加え原告も然るべき反論をなしていることが認められるほか、昭和四九年一二月二日被告組合の表彰内規の定めるところにより組合功労表彰を受けたことも認められる。しかし、これらの事実があるからといって、原告がもともと違法無効な本件譴責処分を前叙のようにして宣伝流布されたことにより、その名誉の侵害を受けていないとは云えないしまた侵害された名誉が既に回復されているとみるのも相当でない。

六  そこで進んで被告の名誉毀損について故意過失があったか否かにつき審案するに、本件譴責処分は、被告組合の定めた所定の手続に従い、統制委員会の審議を経、定例代議員会で採決の結果、決定をみたもので、本件譴責処分に賛成した代議員に原告の名誉を毀損する意図があったと認めることができないのは勿論、本件譴責処分が本来統制権の対象とならない懲罰処分として違法無効であることを知りうべきであるのにこれを知らなかったとも認め難いうえ、被告組合執行部が本件譴責処分を前記機関紙に公表したことも、その職務上代議員会の決議したところを記載したに過ぎないから、その限度にとどまった限りでは、未だ、被告が原告の名誉毀損につき故意、過失があったと認め難いけれども、被告組合執行部はそれだけにとどまらず、原告が仮処分申請及び本訴提起に訴えたことをとらえ、原告が被告組合に対し敵対しているものとし、被告組合内部での原告の活動を封ずる意図のもとに、原告を組織破壊者、攪乱者であるかの如く論評を加え、違法無効な本件譴責処分と相俟って原告の名誉を侵害した点においては、被告組合執行部がその組織を擁護しようとする目的に出たとしても、原告の名誉毀損につき少なくとも過失責任は免れないものというべきである。

七  以上によれば、被告は原告の蒙った名誉毀損について不法行為責任があり、その損害を賠償する義務あるところ、原告は損害の賠償と共に謝罪広告の請求を求めるので考えるに、原告が名誉を侵害されるに至った前叙認定の事実経過のほか、原告が侵害された名誉は主として組合活動家として信用、声価であるが、かゝる評価は、組合員の思想、信条及び政党支持いかんによって自ら異るところであるから、被告をして原告に対し謝罪広告をなさしめることは、原告の名誉回復に適切であるとは思料されないうえ、前叙のとおり原告自身、本件譴責処分が違法無効なるゆえんとともに、被告組合幹部の組織運営につきそれなりの批判的論評をビラやパンフレットに掲載して組合員に配布していることなどに徴するときは、本件においては謝罪広告の請求は失当として棄却すべく、原告の受けた名誉侵害に対する損害として原告の請求する金二万円の支払を被告に命ずるのが相当である。

よって、本訴請求中、譴責処分無効確認の訴はこれを却下し、名誉毀損に対する損害賠償請求は金二万円の支払を求める限度で正当として認容することとし、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松島茂敏 裁判官 宮崎公男 佐藤武彦)

<以下省略>

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